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河内保二主宰の経済工学リサーチの発信情報

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構造改革の後に来るもの─右肩下がり経済の


2)構造改革の後に来るもの─右肩下がり経済の試練
構造改革の後に何が来るか。常識ではかっての縫製にとってよい時代が景気回復と共に戻ってくると考える。しかし、本格的景気回復には10年くらいの期間を要するとされており、そのときでも成長率は3%程度と言うことで、高度成長といったものにはならない。今後に対する常識は覆させられる。その上、景気回復期には人口減少の時代に入り込んでいるわけであり、日本経済は右肩下がりとなっている。すでに今年の春闘はベースアップはゼロとなり、定期昇給が辛うじて維持されたが、中にはこの1年間賃金5%カットの大企業も出てきた。今後は経済右肩下がりにおいて定期降給が当たり前になると覚悟しなければならない。消費者数は減り、購買力も低下して成長はマイナスとなってゆく。これも常識では考えられないことだろう。しかし、現実は常識には従わない。経済右肩下がりという未踏の時代の試練にどう処するか、襲い来る恐怖に打ち勝ち、常識を越えた対応が求められるのである。
3)税金で産業は生きのびられるか─借金財政に産業助成金の財源なし
選択と集中がキーワードとなるようだが、実際の厳しさの中では、厳選と撤退だという説もあるほどで、中国輸入品にもっとも弱い繊維・アパレル産業がこの先残るかどうかは心許ない。アメリカの繊維・アパレル業界も厳しい状況に変わりはない。役割の終わった産業に対して廃業補助はあっても、これを維持保存するような財源はもはや政府にはないし、このような産業の退場は先般の石炭産業の消滅と同様にならざるをえないのだろうか。黒旗の次ぎに白旗が続くかと、産業の諸行無常、盛者必滅、会者定離という平家物語のこの語句が身にしみる、寂しい限りというべきか。
4)工業生産の行き詰まり─造り過ぎ、量産・量廃の害
生産の常識は、コストダウンに大量生産は不可欠であると考えている。しかし、量産の結果は造り過ぎによる売れ残りの莫大な値引き損を引き起こし、その挙げ句、最後には量廃の害を発生させている。量産による地球資源枯渇と量廃による環境破壊の恐怖を前にして、このような生産のあり方は許されなくなっている。1908年に米フォードの創始者、ヘンリー・フォードが「T型フォード」を発売して以来、自動車産業のビジネスモデルは世界的に「大量生産・大量消費」を前提に構築されてきたが、約百年を経て、そのモデルが変わろうとしている。20世紀の「大量生産」の常識は覆され、「脱量産」が叫ばれ、そして究極の生産として「個産」へと向かい始めたのである。



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